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大阪高等裁判所 昭和62年(行コ)28号 判決 1988年4月08日

兵庫県西宮市小松北町一丁目五番二三号

控訴人

竹松勇

右訴訟代理人弁護士

高橋敬

右同

筧宗憲

兵庫県西宮市江上町三番三五号

被控訴人

西宮税務所長

衣川恭二

右指定代理人

中本敏嗣

右同

玉井勝洋

右同

大国克己

右同

福住豊

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は「原判決を取り消す。被控訴人が控訴人に対し昭和五七年三月九日付けでした控訴人の昭和五三年分、同五四年分、同五五年分の各所得税の総所得金額をそれぞれ五一一万四五九五円、五三八万四五六六円、八五〇万四六六〇円とした更正処分のうち一七五万円、一八五万円、一九〇万円を超える部分及び各過少申告加算税を二万五〇〇〇円、二万七二〇〇円、七万〇四〇〇円とした賦課決定処分を取り消す。訴訟費用は一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張は左のとおり附加するほか原判決事実適示と同一(ただし、原判決二枚目裏九行目の「大阪」を削除する。)であるからこれをここに引用する。

(控訴人の主張)

1  まず、原判決は納税者国民の言い分は一顧だにせず、権力者側課税庁の主張を唯々諾々と受け入れる誠に偏頗なもので、国民の権利を適正に保護する司法の役割を没却し、違法不当な行政処分を認知し、行政の補完物になり下つておりいかんである。

2  第一に、原判決の事実認定も右の域を出ないもので、別表四ないし六の各(2)の控訴人、妻信子、子正彦名義預金口座の現金入金をすべて同各(1)とは別個の塗装業収入であると断じているが、その取引先は全く明らかにされていない。

ことに、(イ)別表四(2)信子No一四二九の昭和五四年八月六日の二八万五〇〇〇円の入金は控訴人が同(1)15の一部として山田多喜男から前日に入金した売上代金を妻信子に交付したものであることは乙第二〇号証の三一によつて疑う余地がなく、控訴人もその旨主張しているのにこの点に全く触れず、二重に計上している。(ロ)また、同じく別表四(1)5の(有)中村工務店との取引収入について被控訴人の主張一七〇万六〇〇〇円を九五万六〇〇〇円であると減額認定しながら結論的には「控訴人の収入は別表三ないし五のとおりである。」というような驚くべき社撰な判断もしている。(ハ)さらにそればかりだけでなく、同じ別表四18の藤川工務店からの収入を被控訴人主張の二四万九九五〇円をすら超えて五〇万六〇五〇円と認定しているが、その根拠としたと思われる乙第二〇号証の九には一部税務職員が「報告洩れ」と記載した部分が存し、原判決はこれを安易に採用したにすぎない。

3  次に、原判決の推計の合理性に関する判断も根本的に誤つているものである。

(一)  まず、原審裁判所と同じ構成でなされた別件判決(原告を中口和男-控訴人と同業-、被告を兵庫税務署長とする原審昭和五六年(行ウ)第三二号事件で昭和六二年三月三〇日に言い渡されたもの。甲第一三号証)においては同業者所得率算定の際青色事業専従者給与をも売上原価すなわち必要経費として控除していながら、本件原判決ではこれを排除し、これをもつて合理的であるといつており、矛盾している。

青色専従者の給与と白色申告者の給料賃金とは同質のものであることは明白である。しかるに、原判決は、例えば別表六の同業者Cについて青色専従者控除四九二万円、給料賃金零円とすべきであり、現に別件判決ではこの計算方式を採用しながら、他方、本件では何故か被控訴人のいうままに前者を零円、後者を二四三万円とし、その結果所得率も別件では三五・九三パーセントにすぎないのに本件では五四・七九パーセントに増大させ控訴人に極めて不利な数値を採用してしまつている(本判決別表一五の最下欄TC欄参照)。

また、別表六ないし八によれば、Bの所得率は昭和五三年分ないし同五五年分が順次四一・三八パーセント、三〇・二八パーセント、二五・八二パーセントとされているが、Bの売上高はほとんど変つていないのである。それにもかかわらず、五三年分の所得率が高いのは給料賃金を零円とし、その代りに専従者給与を費用としているからであり、ただBとしては最終的な課税所得は五四、五五年分と同程度におさえたものである。このことからしてもまた給料賃金と専従者給与が同質であることが明白である。

(二)  その他、原判決は青色申告崇拝でその実態を知らぬ物知らずのものである。青色申告は、要するに、家庭の主婦が記帳する家計簿ていどのものを備え付けているにすぎないものがしているのが実態である。

(被控訴人の主張)

1  控訴人の原判決非難はいずれも当らないものと考える。

2  別表三ないし五の各(2)の預金口座への現金入金がすべて各(1)とは別の収入であることは原審で主張したとおりである。

控訴人の主張2の(イ)の山田分については売上代金回収日と預金口座への入金日が一致しないから、たまたま同一金額だからといつて両者重複とはいえない。(ロ)の(有)中村工務店分については、真実の売上金額は、昭和五四年九月六日小切手入金三万七〇〇〇円、同年一〇月六日小切手入金一万三〇〇〇円、同年一二月三〇日小切手入金九〇万六〇〇〇円の合計金九五万六〇〇〇円(乙第二〇号証の六)及び同年一二月七日小切手入金七五万円(乙第一一号証一〇枚目)を加算した合計金一七〇万六〇〇〇円であるから、この点に関して合計九五万六〇〇〇円とした原判決の認定は誤りである。(ハ)の藤川工務店分については、乙第二〇号証の九、一〇によつて明らかなとおり、昭和五四年八月九日小切手入金二四万九九五〇円及び同年九月一〇日小切手入金二五万六一〇〇円の合計金五〇万六〇五〇円であるから、この点の原判決の認定は正当である。したがつて、被控訴人は控訴人の藤川工務店に対する昭和五四年分売上金額に関する別表四18の二四万九九五〇円とする主張を右五〇万六〇五〇円と訂正する。3 次に、本件における推計の合理性に関する控訴人の主張もすべて争う。

(一)  まず、控訴人は別件と本件との推計方法の差異を主張するが、要は、本件において本件の推計方法が合理的であるか否かであつて、別件と比較すべき問題ではない。因みに、原判決は本件のほうがより合理的であると述べているところである。また、控訴人は青色申告者の実態を言々するが、控訴人もその立証をしているわけではなく、また青色申告書の正確性は法令によつて担保されているところである(所得税法一四八条一項、同法施行規則五六条ないし六四条、法人税法一二六条一項、同法施行規則五三条ないし五九条、また所得税法一四八条二項、一四九条、法人税法一二六条二項等参照。)

(二)  次に、本件において同業者所得率算定にさいし青色専従者給与額及び地代家賃等の特別経費を控除したことに合理性の存することは次のとおりである。

(イ) 青色専従者給与額について

所得税法五六条は、「居住者と生計を一にする配偶者その他の親族がその居住者の営む事業所得を生ずべき事業に従事したことの事由により当該事業から対価の支払を受ける場合には、その対価に相当する金額は、その居住者の当該事業に係る事業所得の金額の計算上、必要経費に算入しないもの」としているが、この例外として、同法五七条一項は、青色申告納税者について、その支払つた青色専従者給与額を必要経費に算入することを認め、同条三項は、白色申告納税者について、四〇万円の範囲で事業専従者につき必要経費とみなすことにしている。すなわち、同法は、両者を異なつた計算方法に服させているのである。したがつて、同業者所得率による推計の方法で白色申告者の所得金額を求めるさいにはこれらを除外するのは当然である。

(ロ) 特別経費について

地代家賃、建物減価償却費等は同業者個々によつて異なる特別な経費であり、一般的な経費と同一視できるものではなく、同業者率を求めるうえではこれらを経費の額から除外して算定することには合理性がある。

(三)  また、控訴人は、右の点に関し、白色申告者の給料賃金と青色専従者給与が同質である旨強調するが、右(二)の(イ)でみたとおり、所得税法五六条は、納税者と生計を一にする配偶者その他の親族に対する給料賃金については、原則として事業所得金額の計算上必要経費算入は認められておらず、青色申告者についてのみ、同法五七条一項に規定するとおり、例外的に必要経費算入を認めているのであつて、両者は法律上の取扱いを異にするものであるから、控訴人の右の主張は失当である。

しかも、控訴人は、別表六、七、八の同業者Bの経費の推移から、給料、賃金と青色専従者給与との同質性を主張しているのであるが、右のとおりその前提において誤つているうえ、控訴人の主張は、右同業者Bの売上原価内に占める外注費の推移の検討を行わないで立論しているものである。この点を考慮すれば、同業者Bの係争各年度における算出所得率の違いは、同人の経営方針が昭和五三年分の外注依存から同五四、五五年分の雇人依存に変つてきて、給料賃金の支払いが増額したことに起因するものであることが一見して明らかである。

なお、別表六のB同業者は青色専従者控除をしていない。

証拠関係は原当審記録中の各証拠目録記載のとおりであるからこれらをここに引用する。

理由

当裁判所も、控訴人の本訴請求は失当として棄却すべきであると考えるものであつて、その理由とするところは左のとおり附加訂正するほか原判決事実適示と同一であるからこれをここに引用する。

(原判決の訂正)

1  原判決二一枚目裏五行目の「原告の」を「原告は」と訂正する。

2  原判決二三枚目表三行目の「乙」の次に「第一一号証(一〇枚目、原審記録二八二丁)」を挿入し、同一〇行目の「(ただし、金額は九五万六〇〇〇円)」を削除し、同一一行目の「金額は」を「被告が控訴審で訂正した金額」と訂正する。

3  原判決二四枚目表初行の「(」を削除する。

4  原判決二五枚目表五行目と六行目との間に次の説示を附加する。

「もつとも、別表四(2)の竹松信子(No一四二九)名義口座の昭和五四年八月六日付二八万五〇〇〇円の入金と弁論の全趣旨により真正に成立したと認める乙第二〇号証の三一によつて認められる前日の山田多喜男からの売上金の入金二八万五〇〇〇円(当事者間に争いない別表四(1)15の入金の一部)とを対比するとその日時が接しており金額が同一であることからして両者には索連性があること、すなわち後者の入金が前者に預金されたものであるとの可能性も窺われるので右別表四(2)の前記二八万五〇〇〇円は原告の収入から除外する。」

5  原判決二五枚目表七行目の「入金は、」の次に「右の除外分を除き」を、同裏二行目の「金額」の次に「(ただし、右二八万五〇〇〇円を除く)」をそれぞれ挿入し、同五行目から六行目にかけての「別表三ないし五記載のとおり」を削除し、同七行目の「一九二一万二五三七円」を「一九六七万七五三七円」と訂正する。

6  原判決三三枚目表四行目と末行の各「七一三万一六九三円」を「七三〇万四三〇一円」と訂正する。

(当裁判所が附加する理由)

1  控訴人は、要するに、被控訴人主張の控訴人事業所得推計方法中、同業者の所得率算出にさいし、青色専従者給与額を経費から除外した点を非難し、右給与は白色申告者が必要経費として売上金額から控除しうる雇人給料賃金と同性質であるから右給与を控除したうえ所得率を算出するのが当然である旨主張するのである。

しかし、被控訴人が当審での主張3(二)でも主張するとおり所得税法は、白色申告者については、事業所得に関する所得金額の算出上、雇人を除く、生計を一にする配偶者その他の所定の親族で事業に専従した者に支払つた給料等は原則としてこれを必要経費とみず、ただ所定の場合に限り一人四〇万円(ただし、当時)を控除しうる建前を採用しているのに対し、所論青色申告者の専従者給与額控除の制度は、右生計を一にする配偶者等のうち、実体上、手続上所定の要件を具備する者に支払つた給与のうち相当額について特にこれを必要経費とみることとしたものであつて、両者はその建前ないし制度上性質を異にするものであると解される。したがつて、両者に同質性を認めることはできない。もつとも、右の制度からすると、白色申告者についても所定の例外的な場合に限り雇人以外の同一生計配偶者等に支払う給与について特に一人四〇万円の限度でこれを必要経費とされうる場合が存するのであるから、これと青色申告者の事業専従者給与の控除とが一部分において同視するのが相当である場合が存することも事実である。しかし、もともと推計課税制度(所得税法一五六条、法人税法一三一条)は租税の公平負担の理念から是認されているものであつて、課税のための基礎的資料がない場合に最低限でしか課税できないとすれば、調査に非協力で不誠実な納税者を不当に優遇し、誠実な納税者との均衡を失することを避けるところにその趣旨が存する。そして、このことと前示のような白色申告と青色申告の制度上の基本的な相違、推計の方法自体が実額そのものを把握するものではなく、経験則の一種である平均率に従い可及的に実額に接近する手段にほかならないこと等を彼此総合判断すると、本件のように白色申告者の所得を推計するにつき青色申告同業者の所得率を算出する場合に、一率に青色専従者給与の控除を排除することはなお推計の合理性を保持しており、その相当性を逸脱するものではないと考える。

以上のとおりであるから、冒頭記載の控訴人の非難はにわかに首肯し難い。

2  したがつて、また控訴人の同業者Cの場合を挙げる等してする別件判決の理由中の判断に依拠する主張も採用することができない。別件判決が推計の合理性について判断するにさいし控訴人所論のような手法を容認したからといつて、当裁判所がこれに従わなければならないものでもない。

また、別表六ないし八の同業者Bの昭和五三ないし五五年分の所得率の変遷と同人の昭和五三年分の給料賃金欄が零円であるところ、同五四、五五年分の同欄には各該当欄記載の額が記載されていることとの関係についての控訴人の主張も各年分の外注費欄を捨象したうえのものであること被控訴人が当審の主張3(三)において主張するとおりであつて、相当でない。

よつて、これと同旨の原判決は相当で、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 今富滋 裁判官 畑郁夫 裁判官 遠藤賢治)

別表15

別件塗装業者との同業者率算定方法の比較(昭和53年分)

<省略>

(注)1.別件の数値は、昭和56年(行ウ)第32号事件の昭和57年2月24日付け被告第2準備書画の別紙4の数値である。

2.本件の数値は、昭和58年11月14日付け被告第2準備書画の別紙1の数値である。

3.金額頭部の*印は、乙第5号証の「作成要領」によって異なった金額で、次のとおりである。

(1) 同業者P.Dの標準経費は、地代家賃・建物減価償却費を経費から除いた。

(2) 同業者T.C給料賃金は、専従者給与二人分の内次男分を給料賃金として計算した。

(3) 専従者給与は、青色申告者の規定によるもので経費から除いた。

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